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名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)363号 判決

控訴人 安宅産業株式会社

被控訴人 株式会社伊藤和四五郎商店

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、書証の認否は次に記載する控訴代理人の陳述の外は原判決事実摘示の通りであるから之を引用する。

控訴代理人に於て、乙第一号証の債権弁済並に担保契約書は昭和二十九年三月十一日その原稿が作られ、双方之を承認したが、当時法律手続に明るい者は控訴代理人だけであつたし、又控訴会社としては顧問弁護士でもあつて、その間に少しでも間違があつてはならぬとの理由で、之に基く公正証書は何れか一方の代理人に控訴代理人を当らせることに双方話がきまつて、被控訴会社から控訴代理人に白紙委任状ではなく、委任の範囲を明記した委任状が交付されたものである。而して、本件公正証書の基盤となる契約は有効に成立して居り、之に基いて公正証書を作成するという執行行為をなさしめる目的の下に控訴代理人を何れか一方の代理人として双方から選任したものであり、しかも事実上の結果として、乙第一号証の債権弁済並に担保契約書と甲第三号証の公正証書とは内容に於て一致し何の間違もないものである。果して然らば、控訴代理人の本件公正証書作成行為は弁護士として誠実に職務を実行したもので何等綱紀を冒し品位を汚したものでないから弁護士法第二十五条に違反するものではないと述べた。

理由

当裁判所の判断は以下に訂正補充する外は原判決理由欄に記載してあるところと同一であるから之を引用する。

原判決八枚目裏六行目「債務者たる原告が債権者たる被告に本件公正証書の作成に当つての債務者の代理人を委任する為の白紙委任状を交付し」とあるを訂正し、「債務者たる被控訴人が債権者たる控訴人に本件公正証書の作成に当つての債務者の代理人を委任する為の委任状(但し、受任者の氏名欄を白紙とするも、名古屋法務局所属公証人に公正証書作成嘱託方を委任し、その公正証書の内容事項として、(一)控訴会社に対する金四百八十六万円の債務承認並に弁済方法、(二)被控訴会社所有の名古屋市中区正木町四丁目十三番地宅地三百五坪三合九勺及び同所十四番の二宅地二百四十五坪一合に抵当権の設定、(三)債権者控訴会社と記載せるもの)を交付し」と改める。右事実は乙第二号証の二の記載、原審証人岩井春夫、同越田左多男の各証言により之を認め、原審証人山崎勝吾の白紙委任状を渡した旨の証言は措信し難い。

控訴代理人は右の如き委任の範囲を明記した委任状が交付され、而も公正証書の基盤となる契約が有効に成立しその執行行為として公正証書を作成するための代理人として控訴代理人を選任したものに過ぎず、事実上契約通りの公正証書が作成された場合には弁護士法第二十五条に違反しないと主張するが、同法案は、原判決説示の通り、当事者の利益保護の目的を有するのみならず、弁護士をして誠実に職務を執行せしめその綱紀を維持し、品位を汚すことなからしめる律意に出たものであるから、公正証書作成前に当事者間に右証書と同一内容の契約が成立し、之に執行力を持たせるために公正証書を作成する場合と雖も、弁護士は予め相手方の協議を受けて賛助し又はその依頼を承諾した事件についてはその職務を行うことができないものであり、又当事者間に予めなした契約通りの公正証書が作成され、委任者に何等の損害を及ぼす虞のない場合と雖も、弁護士は右事件の委任を受けてその職務を行うことができないものと解すべきである。尚、本件委任状は、委任者の氏名捺印のみ存し他は全く白紙なる委任状ではなく、前記の如く本件公正証書の内容の大枠を記載したものではあるが、之を甲第三号証の公正証書謄本の記載内容と対比してみれば明かなように、公正証書には弁済の方法(月賦弁済にして弁済の回数、期限、各回の弁済金額)、違約損害金支払の定め、その金額、違約した場合の制裁条項等について詳細定めているが、前記委任状には之等につき何等明記せられるところがない点から見れば、仮令之等の条項につき予め当事者間に於て約定せられていても、受任者たる弁護士に於て誠実に職務を執行することを担保し得ないところであるから、本条の律意なる弁護士の誠実なる職務の執行、品位保時の立場より、本件の如き記載内容の委任状によつても、之に基く弁護士の職務執行は弁護士法第二十五条第一項に反し無効と言うべきである。

依て、被控訴人の本訴請求を正当として認容した原判決は相当であつて、本件控訴は不当であるから之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第一項、第九十五条、第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 北野孝一 伊藤淳吉 吉田彰)

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